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平成8年(1996年)
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    JUGEMテーマ:日記・一般

     

    平成8年は、経済的には良いことなしという年でした。

    明るいニュースでいうと、羽生善治氏が将棋のタイトル七冠独占を達成。

    たまごっちが、大人気。アトランタ・オリンピック 有森裕子女子マラソン金メダル。

    O157による死亡事件が発生しています。

     

    独立前夜です。

    | HIRO | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
    平成7年(1995年)
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      JUGEMテーマ:日記・一般

       

      なんとも陰鬱な平成7年(1995年)であった。

      年明けの117日。まだ年賀気分がすこし残っていた日。成人式明け(成人式が1月15日と日にち固定していた時代)の早朝に阪神淡路大震災が発生した。6000名もの人が亡くなり、阪神地区・淡路島などでは大きな被害となった。地震に対する備えを全くといっていいくらいしていなかったため、甚大な被害となった。

       

      現職の警察庁長官が狙撃されたあと、東京の官庁街で毒薬サリンが散布され犠牲者がでた。オウム事件である。富士山麓の拠点を捜査し、多くの関係者を拘束。その後、およそ25年ほど掛けて、法治国家として関係者を裁いていったこととなる。

       

      地震や一連のオウム事件でも、政治の不在が大きく影響をしている。とくに意思決定できない政治家達に不安を感じていた。そして、なにが起こるかしれないという恐怖心と不安感が渦巻いていたのがこの時期である。

       

      Windows95が発売され、長蛇の列が家電量販店にできたのは、初期のiphone販売の狂騒と似ていた。パソコンさえあれば何でも出来ると感じた時代であった。テレホーダイのサービスが開始された。ネットの繋ぐことは費用がかかったのだ。電話代は3分10円であった。個人でネットに繋いで、10万円以上も課金されたという話が持ちきりだった。

      携帯電話が普及しておらず、ネットは高嶺の花であるし手間がかかった。ごく一部の人だけしか、パソコンを保有しようとしない時代であった。

       

      経済面では円高が進行し80円を超えた。海外で稼ぐということができず、国内は経済が破綻常態となって、二進も三進もいかないことが明かな時代であった。つぶれることなどないと思われていた金融機関が倒産するという現実に直面した。兵庫銀行・木津信用金庫が破綻。またノンバンクの破綻も相次いだ。住専問題などが経済の足をひっぱった。

      本来ならば新しいものを生み出す時代であるのであろうが、不安感、明日をも知れない時代であったし、リストラや海外への工場移転などが現実のものとなり、資産バランスの見直しをすすめなければならないが、それは組織の抵抗に向き合わざるを得ない。就職氷河期となっていった。

       

      400万部の販売を誇った少年ジャンプの人気漫画ドラゴンボールが終了した。世の中では安室ちゃんが人気となり、厚底靴・ルーズソックスのアムラ−が登場しつつあった。サブカルが流行。世の中が退廃しているかのことを感じさせた。

      | HIRO | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
      平成6年(1994年)
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        平成という年代をふり返っています。あらためてバブルというものの後始末に時間がかかったということを思い出します。

         

        1994年にもなると平成はすっかり当たり前のものとなりました。そして不動産価格が統計調査としても前年を下回ったのがこの年でした。前年は冷夏で米が不足となり、タイ米を食べることもありました。

        食を確保するということの大切さが染みました。この年は猛暑で渇水とうまくいかないものでした。しかし米は豊作。

         

        海外での特筆すべきは、ネルソン・マンデラ氏が南アフリカ共和国の大統領に就任しました。多様な時代ということを感じさせる出来事でした。

         

        国内では政治の不安定な時期が続きます。細川護熙首相が国民福祉税で不興を買い、投げ出したかのような解散。そして羽田孜氏が2ヵ月間務めたあと、自民党が社会党の村山富市氏を推して首相となるというなんとも不思議な現象となりました。オウム真理教の幹部達がテレビに登場して、主張を蕩々と述べるなど、時代が混乱の様相を示していました。10月には北海道東北沖地震が発生しています。

         

        経済状況の悪化が明らかとなり、とくに不動産を担保とした借入金返済がおもくのしかかり資金ショートに陥る企業が多くみられるようになっていきました。

         

        世の中が、これはおかしいと感じ始めた時期でした。しかし肝心の政治も混乱を来しており、いや社会がおかしいということを一番感じていたのが政治だからこそかもしれませんが、有効な施策は打てないままでした。

         

        実体経済は、緩やかな景気回復ということもありましたが、リストラという施策が一般化したのがこの年でした。

        | HIRO | 06:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
        平成5年(1993年)
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          JUGEMテーマ:日記・一般

           

          そろそろ年号が怪しくなってくるので西暦併記。

           

          まだこの頃は外部との業務連絡は、電話と郵便が主流だった。仕事は電話で行うものという感じだった。

          会社宛の電話を取り次ぎのも一仕事だった。

          ウィンドウズ3.1が登場したのがこの年。起動用のフロッピー(懐かしい)と記憶用のフロッピーがあった。

          ようやく手書きの資料から、ワープロへの転換時期。そろそろワープロ専用機からパソコンへ移り変わっていった。

          会社では書院とランプランなる計算ソフトが活躍していた。パソコンの文章作成ソフトは、松とか梅とか一太郎・計算ソフトは123だったか。まだワードやエクセルが一般的ではなかった。

           

          米国大統領にクリントン氏が就任した。円高に苦しむことになる序章だった。

          国内ではあれよあれよという間に、細川護熙氏が総理大臣、土井たかこ氏が衆議院議長。自民党の一党政治から多頭政治へ転換した。その後の政治が不安定化したきっかけとなったのがこの年だった。

           

          経済はバブル崩壊の傷跡が経営におもくのしかかり、不良債権化した不動産処理が金融機関に重くのしかかった。

           

          めでたいことでは、皇太子殿下と小和田雅子氏のご成婚とパレードは、一服の清涼剤であった。

          Jリーグが開幕して、サッカーが人気となったがドーハでは悲劇の結末となり、ワールドカップへの出場はならなかった。

           

          人についてはまだ雇用を確保することが念頭にあったが、すこしずつ景気悪化が実感されることとなり、手当見直し・昇給の低迷など給与面への影響が見られるようになってきたのがこの時期だった。

          | HIRO | 05:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
          平成4年
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            JUGEMテーマ:日記・一般

             

            4月も4日になると。5月からはじまる令和という年号の名に少し慣れた来た。

            平成4年は、平成という年号に慣れていった時期だった。

             

            細川護熙熊本県知事を中心に日本新党が発足。金丸信氏への政治献金問題で自民党が揺れ動いて、既存の政治に対する不信感と対抗馬としての新しい政党の動きが生まれてきた時代であった。

             

            株価は15,000円を下回ることもあり、バブル崩壊が顕著なものとなった。就職氷河期へまっしぐらという時期である。数年前まで半端ない人手不足感があったのに、急に採用市場が冷え切ったのだった。

             

            人に優しいとか、豪奢な社宅などがもてはやされたのが、不要な不動産や遊休資産の売却という流れに変わった。この時期から、出資していた会社から資金回収や分社化の促進などが進んだ。将来や基礎分野への投資意欲が薄らいでしまい、目先の金を確保することに躍起になったのがこの時期である。

             

            数年間で様変わりする強烈な体験は、人手不足という言葉で採用に躍起になる風潮を冷ややかな目で見てしまう一因でもある。人の世は移ろいやすいのだと感じる。しかしその当時は、なんとかなるのではないかという世の中の気分感はあったことを思い出す。

            | HIRO | 09:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
            平成3年
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              JUGEMテーマ:日記・一般

               

              アメリカが世界で唯一の超大国化するなかで、イラクで117日湾岸戦争が勃発した。前年のクウェート侵攻への直接的な対抗策ではあるが、1980年代から続いていた中東での地位拡大と進行を図った戦いである。多国籍軍という名前であるが、英国と米国を中心にしており、米国への忠誠を問うた戦争であったといえる。

               

              テレビを通じて見る風景は、ゲームの一場面を観るかのようで、非現実的な空中戦はまっく非人間的でバーチャル世界の出来事であった。その後、帰国した兵が語ったり、映画化された内容からは、現実の世界の悲劇そのものであったが、リアルタイムの出来事とは考えられなかった。日本は資金拠出するだけにとどめた。巨額であるのだが、貢献度が低いとされ、その後の直接的な人的派遣につながっていった。

               

              湾岸戦争を誘発した一つの要因でもあるが弱体化したソ連が解体し、現在のロシアの形が生まれた。それまでも独自性が強かったバルト三国が誕生するなどの動きがあった。巨大な国が主体をかえるという大きな出来事を目の当たりにした。東西融合の一つの完成形がみられたのが平成3年であった。

               

              国内では都庁が完成した。西新宿の姿が変わった。と同時に不動産バブルがまさに崩壊したのが同時期である。住宅・ビルや土地への融資貸付が焦げ付きはじめ、上がりすぎた土地の値下がりも見られるようになった。

              埼玉銀行と協和銀行が合併し大きな変化を予感させることとなった。

               

              コンサルタント職に転身したのがこの年。先を読んだ取り組みというより、藻掻きつつなんとかこなそうとしていた時期である。

              | HIRO | 09:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
              平成2年
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                JUGEMテーマ:日記・一般

                 

                平成2年はなにかと慌ただしい時期であった。

                 

                前年には、新天皇即位礼で国内外へのでお披露目があり、また大嘗祭も滞りなく行われたことで、喪に服する時期から晴れやかな気持ちになっていったのが平成2年だったろうか。年賀状も謹賀新年やおめでとうという言葉を使えるようになったことで、心が晴れやかになったことを覚えている。

                 

                この年には、 国外ではソ連の崩壊が近づきつつあり、米国が唯一の超大国として君臨しつつある時期であった。統一ドイツが誕生するなど、世界の枠組みが変化して、ヨーロッパを中心に落ち着きどころを探る動きがあった。その中でも、東西対立から宗教あるいはイデオロギー対立もしくはエネルギー対立とでもいうべき、変化が世界の国境を変化させつつあった。

                 

                バブルと思わないバブルがじわりと進む中で、まだ不動産価格が高騰していた。うすうす感じていた終わりの時までに稼ごうという動きがあり、だれが最後の損をかぶるのか。押し付け合いのような、最後の悪あがきが行われていた。ゴルフ場の開発などもまだ盛んで、何のゆかりもない会社が金融機関から積極的に借入を行い、財テクに精を出していた。

                 

                日銀総裁三重野康氏は平成の鬼平と呼ばれ、不動産投機への対策を行っていった。平成元年には2.5%だった公定歩合を8月には6%までに上昇させた。さすがに不動産への投機の動きも収まったのだが、日経平均株価は10月には年初から約半分の2万円切りとなり、昭和60年頃から続いた株高分が帳消しとなった。

                 

                太陽神戸銀行と三井銀行が合併するなど、都市銀行でも規模拡大を行わないと生き残りが出来ないという危機感が如実に表れた時期でもある。国外への輸出から国内の需要喚起という目的で1985年頃から取り組まれた内需拡大策の問題と限界が明らかになった時期である。

                 

                それでも、まだ巨大な設備投資意欲は高く、構造改革という意味では製鉄所の跡地利用として注目を集めた北九州のスペースワールドが開場し、海岸地の有効活用ということでは大阪海遊館が誕生している。また大阪花博が開催されている。

                 

                1月にはそれまでの共通一次試験からセンター試験へかわり、大学のあり方にも変化が生まれ、現在の改革の芽が芽生えていた。スーファミの登場。そしてちびまる子ちゃんが大人気となり、ピーひゃらぴーひゃら、まだ世の中は浮かれていた。

                 

                我が事では、埼玉県にあった研修施設で、3ヶ月ほどの社内合宿研修を受講したのが思い出である。

                | HIRO | 08:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
                平成元年
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                  JUGEMテーマ:日記・一般

                   

                  平成という時代を毎日ふり返ってみたい。記憶をたどりつつ、時代を概観したい。

                   

                  平成元年(1989年)は、1月7日の天皇崩御というから始まった。

                  前年から天皇陛下の体調がすぐれず、毎日のようにその日の下血量がニュースされていた。

                  年賀状の文言も恭賀新年という文字が多く、宴会や歌舞音曲も控えるという万が一に備えるというムードであった。

                  崩御から2日間はテレビやラジオも追悼番組もしくは厳かな音楽だけで、NHKテレビでブラームスの交響曲4番を演奏していたのが印象的だった。

                   

                  「平成」という文字をテレビで観て、昭和という一時代が終わったということを理解しようとしていた。なにしろ株価が踊っていた。

                  政治的には未上場株を材料にしたリクルート事件がまっさかりだった。株が上がることが当たり前の時代で、インサイダー取引などもまだまだ甘い時期でもあった。

                  きらきらのアサヒビールの本社ビルが完成、24時間戦えますかというCMが時代を映していた。

                   

                  4月1日に消費税(3%)の導入。

                  11月にはベルリンの壁が崩壊し、新しい時代の訪れを感じさせた。

                  12月29日の東証の大納会で日経平均株価が38,957円44銭の史上最高値をつけた。

                   

                  個人的には前年の4月に転職してコンサル業界に入り、セミナー企画・運営を担当していた。

                  消費税導入ということをテーマにすると、100名を超える人が集まることに戸惑いを覚えていた。

                  | HIRO | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  平成時代
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                    JUGEMテーマ:日記・一般

                     

                    平成という時代は数多くの災害が起こった。それでも戦争がない希有な時代であった。

                    平に成るという元号は、その名を示したといえよう。

                     

                    昭和末期の政策もあり、バブル化した経済は余りに規模が大きく、平成時代に大きな影を落とした。また円高の影響もあり、海外にシフトした生産体制は国内のヒトモノカネを収縮させていた。

                     

                    またイラク戦争やアフガニスタン戦争など、諸外国では宗教対立(思想対立)・オイル対立(既得権益確保)とでもいうべき戦争が相次いだ。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが発生した。

                     

                    インターネットが世の中を変えている。情報機器・検索技術の発展により、世の中のビジネスのあり方が根本的に変わりつつある。

                     

                    平成7年1月17日には阪神・淡路大震災、平成23年3月11日には東日本大震災が発生している。

                     

                    少子高齢化・男女雇用機会・産業空洞化などなど問題は多発している。

                     

                    百年後、平成という時代をふり返ったときには、いろいろ震災はあっても戦争はなかったんだねと、ふり返られるのではないだろうか。

                     

                    明日から一年ずつふり返ってみたい。

                    | HIRO | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    昭和という時代
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                      JUGEMテーマ:日記・一般

                       

                      昭和の64年という年数をどう考えれば良いのだろう。

                       

                      凡そ現在から150年前の1868(明治元)年に始まった明治と大正・昭和は、諸外国との関係の取り方に非常に腐心をした時代であった。1945(昭和20)年の太平洋戦争の終戦は、1854年ペリーとの日米和親条約締結以来の諸外国との関係を再整理・清算したと考えられる。ただ、その後の40年余りの時代も、経済という面に重点が変わったとはいえ、基本は諸外国との外交・通商を上手く整理していくるかということを考えて取り組んだ時代だったといえる。

                       

                      日清戦争が1894年から1895年。日露戦争が1904年から1905年。1914年7月にセルビアとオーストリアの間の紛争が契機となり第一次世界大戦が始まり、主にヨーロッパを中心として戦火が広まり1918年まで続いている。1800年代の後半は産業革命により大量生産社会が始まったが、兵器に応用されたことで戦禍の拡大を招いたという負の側面も大きい。

                       

                      昭和時代の前の「大正」は1912年7月30日から始まり、関東大震災が1923(大正12)年9月1日。凡そ100年前の出来事。東京は槌音たくましかったろうがなにかと慌ただしい空気感だったことが想像できる。

                       

                      「昭和」元年は1926年12月25日から始まっている。1929年にはウォール街で金融大恐慌が起こり、世界的に不安感が蔓延している。昭和史の前半は当然ながら戦争とは切り離せず、満州事変・ノモハン事件の後に、太平洋戦争に突入している。圧倒的な物量と思考・志向の差もあり、一般人を巻き込んだ痛々しい敗戦であった。

                       

                      その後の44年間は日本という国土のなかでは、戦争がなく経済という面に注力をすることができたのは僥倖であった。ひと言でいうと極めて幸福な時代であった。経済面で米国に次ぐ経済規模と影響力を確保できるようになったのは、製造・品質という面での強みを発揮できたことが原因であろう。また人口ボーナスもあり、高度成長を通じて経済の力は増した。しかし昭和55年以降は、海外に輸出するという政策から、国内の充実という転換はバブルを招いた。また実態とは離れる形での円高の誘導などもあり、国力が一定水準に留まったことは、次の平成の時代に禍根を残したことは否めない。

                       

                      昭和という時代は、最初の20年は余りに悲惨な結末を招いた痛ましい時代であるが、後半の40数年は華々しい時代であった。

                      総括するのには、あまりに難しい時代である。

                      | HIRO | 09:03 | comments(0) | trackbacks(0) |

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