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平成23年(2011年)
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    JUGEMテーマ:日記・一般

     

    この年は、つい昨日のことのように思い出される。しかし、あまりにつらいことであり、記憶から消し去ろうとしているところがあるので、薄ぼんやりとしたベールの向こうのことのようなところがある。

     

    リーマンショックから立ち直って、構造改革をすすめたことで体質も変わりつつあり、変化への対応もできて、過去最高業績という会社もちらほらでてきた年だった。

     

    大相撲の八百長問題で、なんと大阪場所が中止となり、例年の賑やかな風物詩を見ることが出来ないということで、触れ太鼓見聞かれず、すこし静かで冷たさを感じる春だった。

     

    3月11日の14時40分頃に立て続けに、東北地方を中心に複数回大きな地震が発生した。その後沿岸部を襲った大津波で、とくに沿岸部の方を中心に多くの尊い命が奪われた。また福島第一原発が被害を受け、翌日には水素爆発を引き起こす。一瞬にしてそれまでの常識が覆された出来事だった。

    放射能汚染・被爆、電力供給不足など、その後の日本経済に強烈な打撃を与えることとなった。エネルギーを石油や石炭などに頼らざるを得なくなり、日本が率先しようとしていた脱炭素化社会への道筋が頓挫した。

    この年には紀伊半島を中心にした豪雨で、山が崩壊するなど、尋常ではない被害が起こっている。世界的に見てもタイでも水害が発生し、多くの企業が浸水被害を受けている。海外生産をすすめていた日本企業に多大な影響を与えている。くわえて円高の進展、世界的な株安など未曾有の問題が発生したのがこの年である。またこの年、統計的に見れば、中国が日本の経済規模を追い抜いている。

    政治の世界では、心に響くどじょうのの演説で野田氏が首相に。あまりに苦しい意思決定を迫られることとなったことは想像に難くない。

    清涼材料としては、ワールドカップ女子サッカーでなでしこジャパンが優勝。どれほど勇気づけられたかしれない。

    「絆」という言葉が、流行語となり助け合いや、繋がりということを意識させることとなった。一気にフェースブックやツイッターが拡がった時期でもある。

     

    我が事としては、地震当日に仙台の中心部にいて地震を体験している。それまでに感じたことのない巨大な地震がなんども繰り返された。津波の被害のことは、テレビもつながらない中だったので、翌日までよくわからなかった。被災地とそれ以外で受け止め方に温度差があるということに驚いた。その体験は、生命とか命ということの意味を考えさせられることとなり、自分の人生感に影響を与えている。

    | HIRO | 09:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
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