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平成16年(2004年)
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    JUGEMテーマ:日記・一般

     

    この年の大きなニュースは小泉首相が北朝鮮を訪問して、拉致被害者5名が帰国したことだろう。

    民間だけではなく公共機関も大きな痛手を負って処理に困っていた。多くの地方自治体が合併していった。合併協議会などが数年前から盛んに行われていた。人口が減少する中での行政のあり方を問われていた。

    プロ野球では、近鉄とオリックスが合併という大きな問題があり、プロ野球としては希有なストライキが行われ、その後楽天が東北に拠点を構えた。一連の動きの中では、セパの2リーグ制の見直しや巨人がパに移るのではないかとか、阪神は親会社が禁断の阪急との統合という大きな動きがあった。

    一連の騒動の中で一躍時の人となったのはライブドアのホリエモン。ハゲタカファンド・敵対買収やホワイトナイトなどが一般名称化していった。キャッシュを求めて買収をしようという動きもあったが、結局のところ企業体が収益率や資産の有効活用を念頭に置いた経営を理解しておらず、まだ売上高や資産の大きさを誇っていたのだ。人身御供的に塀の中の人とされてしまったのは、なんとも見せしめ的な社会の陰湿を感じさせた。

    この当時のIT起業家達は、インターネット回線やQ2などで資金を貯めていった。有象無象がうごめく、まだまだ成熟しない黎明期であった。それだけに若者にも大きなチャンスがあった時代。怪しげなといえばオレオレ詐欺や名簿による詐欺も生まれていた。リコール隠しなども多発している。

    1945年前後に誕生した団塊世代が、60歳に近づき引退にさしかかって、企業の中で人材過剰でありながら、人手不足に陥りかけていた。製造業への人材派遣が解禁されて、請負事業への流れが生まれている。世の中が正直者が馬鹿を見るとでもいうように、若手のはたらき場がなくなり、高齢者は逃げ切りを図るという大きな転換を迎えていた。

    法科大学院が開設され、知識の時代になるといわれたが、その後の法曹界を見ると本当に必要な施策だったのかどうかは考えさせられる。

    活躍といえばアテネオリンピックでの北島康介・男子体操団体の金メダル。そ冬ソナが契機となり韓流ブームが巻き起こった。エンタの神様が大人気で、波田陽区や長井秀和が間違いなかった。現実に目を向けず、浮かれているといえばマツケンサンバ兇世辰拭

    年末にはスマトラ沖の大地震ではインド洋諸国を中心に33万人の死者が出た。年末年始は謹慎のムードが世界的に高まった。

     

    個人的には、仕事をセーブしつつ巡航モードであった。大学卒業の節目の年次で100名ほどのパーティーを開いたのが思い出。自分の中では、仕事だけではなく、自分をふり返る区切りとなった年である。

    | HIRO | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
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