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新日鐵と住金の合併話から
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    JUGEMテーマ:ビジネス
    大手企業のの採用は実質的には、外国人だけになっている。ここ数年間の新規採用に日本人枠はなかった、ともいわれる。

    日本人だと思っても、実は海外留学経験があるか帰国子女。その煽りをうけるように、管理者への登用もTOEICが700点なんていう点数。また実際に海外との取引や遣り取りが増えて、英語が標準になっている。

    会議も日本人だけではなく外国人が混じると、同時通訳という厄介なモノは無駄だからということで、英語が標準になっていく。テレビ会議では海外との距離感を感じることが薄れていく。

    つれて、議事録も英語・・・当然監査対象であるから、日本語であるが、だんだんと英語だけでいいじゃんという流れになっている。

    日常の指示命令が当たり前に英語という世界にとうとう突入している。それがきわめて普通という事だ。このような話は、中堅企業にまで拡がってきている。

    今回の製鉄業界の再編の動きは、英語が必須になっている事情と共通項がある。

    市場がグローバルなのだ。日本は今まで国内市場だけを相手にしていれば良かった。しかしそれは変った。特に鉄は国家だと言い切っていた業界が、再編をせざるを得ないのだ。

    大・新日鐵ですら、だからかもしれないが、業界の再編を企てていく。ガラパゴスを追求すると自らの行動を笑っている場合ではないのだ。

    前向きに行動しよう。案外壁は薄いし、壁は低いものなのだ。国内だけの内弁慶とはおさらばだ。
    | HIROOKA | 10:21 | comments(1) | trackbacks(0) |
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    英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
    完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
    英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

    我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
    それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

    日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
    一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
    日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

    日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
    それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
    国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

    国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
    日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
    英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
    英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
    たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

    英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
    日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
    わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
    だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

    一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
    我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
    大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
    現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

    「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
    「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
    感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

    大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
    無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
    「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

    日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
    国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
    議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

    http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
    http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


    Posted by: noga |at: 2011/02/05 5:43 PM








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